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ふるさとのお社探訪

神代聖跡(鹿児島県内の神話ゆかりの地探訪)について

神代聖蹟③ 掲載用.jpg

神代聖蹟じんだいせいせき

 ふるさとのお社探訪では今迄、鹿児島県の神社の特殊神事をとりあげてきましたが、今回は天皇陛下の御即位を寿ぎまして、県内の皇室ゆかりの神話の地(神代聖蹟)を紹介したいと思います。

 

神話①.jpg

 

 神代の昔、高天原(たかまのはら)にいらっしゃいましたアマテラスオオミカミが孫にあたるニニギノミコトに地上の世界を治めるようにお命じになりました。その時に稲穂をいっしょにお持ちしてお米をつくるようにおっしゃいました。斎庭稲穂の神勅(ゆにわのいなほのしんちょく)といいます。

 

 

神話②.jpg

 

 そこでニニギノミコトはたくさんの神様をおつれになり今の霧島市にあります高千穂(たかちほ)の峯におりられました。天孫降臨(てんそんこうりん)といいます。そこではじめてお米をお作りになり、その地に霧島神宮が創建されました。

 続いて今の南さつま市にある吾田の長屋の笠狭(かささ)の碕(みさき)に上陸後、笠狭宮を築かれお住まいになり、山の神の娘であるコノハナサクヤヒメと結婚されました。その後海路東シナ海を北上されて今の薩摩川内市の地にこられました。

 

           霧島神宮                  笠狭宮跡

   霧島神宮.jpg笠狭宮跡.jpg

          

    千臺宮跡

千臺宮跡 掲載用.jpg

 

 薩摩川内にお着きになられたニニギノミコトは千臺(せんだい)宮にお住まいになりました。薩摩川内の「川内」の名はこの「千臺」から来ています。やがてニニギノミコトはおなくなりになられて可愛山陵(えのみささぎ)がつくられ、新田神社によっておまつりがなされます。新田神社の「新田」という名前はニニギノミコトが新しく田んぼをおつくりになったことに因みます。

 

      新田神社             可愛山陵

新田神社.jpg可愛山陵.jpg

        

 

 

 ニニギノミコトの御子ホホデミノミコトは東にお遷りになり、新たに高千穂宮を造られお住まいになりました。今の霧島市鹿兒島神宮の摂社(本社に付属した神社のこと)石體(せきたい)神社の鎮座地にあたります。御陵は高屋山上陵(たかやのやまのえのみささぎ)で、その近くには御陵と縁のある鷹屋神社が鎮座しています。

 

            鹿兒島神宮                 高千穂宮跡

     鹿兒島神宮.jpg   高千穂宮跡.jpg

 

            鷹屋神社                  高屋山上陵

     鷹屋神社.jpg   高屋山上陵.jpg

 

 

 

 ホホデミノミコトの御子ウガヤフキアエズノミコトは更に東、大隅半島に遷られ西洲(にしのくに)宮が造られました。今の肝属郡肝付町に鎮座する桜迫(さくらざこ)神社にあたります。当地はウガヤフキアエズノミコトの御子で初代天皇となる神武天皇の生育の地とされ、その後神武天皇は宮浦宮より東征に出発し、今の奈良県、大和橿原の地で即位されました。ウガヤフキアエズノミコトの御陵は吾平山上陵(あひらのやまのえのみささぎ)で近くに鵜戸神社が鎮座します。

 

             桜迫神社                  西洲宮跡

     桜迫神社.jpg   西洲宮跡.jpg

 

             鵜戸神社                 吾平山上陵

     鵜戸神社.jpg   吾平山上陵.jpg

 以上県内の「神代聖蹟」を案内させていただきましたが、ホームページ内の「神社Web」におきましても「神話街道マップ」や「鹿児島は神話の地」の中で県内神社ゆかりのスポットを紹介しておりますので併せてご参照ください。

 

神代聖蹟図 掲載用.jpg

                     昭和初期の鹿児島県地図



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